昨日は大学の最終講義、毎年簡単な懐石を準備して頂き方を講義します。いつもは主人と妹分、娘が行くのですが、娘が子供のクリスマス会の為行けず、私が行きました。
主人が、「塗りのお椀は持っても熱くないから、ちゃんと手に持って扱うんですよ」と言っていましたが、そうなんですよね!うちでも孫達が小さいので塗りのお椀が大活躍します。多少落っことしても割れないし、手に持っても熱くないし(孫達はよく、ちゃんとお椀を手に持って食べなさい!と大人に怒られます。)、重宝です。洋風の器にご飯やスープ等入れると熱くて、とても持てません。洋食の作法は器を手に持って持ち上げるなど、もっての外なのでそうなっているんですね。器もその地方その地方の作法に合っていて楽しいです。
12月8日は成道会でした、お釈迦様がお悟りをひらかれた日に行われる法要です。沢山のお寺で、成道会を執り行われた!と伝えてくださっています。
和尚様方は8日の厳しい修行、昼夜を分たず横になることもなく、坐禅をなさる臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)が終え精神が研ぎ澄まされていらっしゃる事でしょう。
お釈迦様はヒマラヤで6年の苦行をなさっても悟りをひらけず山を降りていらっしゃって、倒れたところを村の娘スジャータに乳粥(ヨーグルトみたいなもの?)を施され、川で身を清めて菩提樹の木の下で坐禅に入られ、1週間後明けの明星を眺められ悟りをひらかれた、と書かれています。
先日まで誠之庵の床の間には
白牛雪山飽美味(びゃくご せつざんに びみに あく)
が掛かっておりました。
お釈迦様が痩せ細ったお体でありながら、喜びに満ち溢れたゆたかな安らかな、あたかも御馳走をたらふく食べた様な、美味に飽いた様な心境を示す言葉のようだ!と感じられた!と和尚様が仰っていらっしゃいます。
お釈迦様が苦しまれて大悟された事を、今の世の中でも教えとして伝えられ、考えさせていただける事が幸せです。