ちょうど穀雨の頃に行った伊勢神宮では、恵みの雨が降り注いでおりました。
昨日は天皇陛下が、新嘗祭に使われるうるち米「ニホンマサリ」ともち米「マンゲツモチ」の御田植えをなさっておられました、宮中祭祀にも伊勢神宮にも御奉納なさるという事で、伊勢神宮での雨も有り難い雨だったなぁ!と思いながらテレビを見ておりました。
遷宮に向けて「御木曳」が行われていて、御木曳の幟が立っている伊勢神宮の景色も新鮮でした。宇治橋を渡る前には「衛士見張所」が、伊勢神宮では今でも衛士(えじ、えし、宮中の警備や治安を守った兵士)と言うんだなぁ!と思いながら一礼し、五十鈴川の流れと宮域林(きゅういきりん、神宮林・神路山・天照山・遷宮の御造営用材を伐り出す御杣山と定められた)の雨に洗われた緑の美しさを有難く感じながら宇治橋を渡り、膝痛で屈めない為に幼馴染に「川のお水を掬って私の手にかけてくれない?」と頼んで御手洗場(みたらしば)で手を濯ぎました。
お弟子さんから「是非御神楽のご祈祷をなさって」と聞いて、どうしようかなぁ?と思っていたら主人がせっかくなんだから御神楽でご祈祷してもらってきたら!と背中を押してくれたので御神楽のご祈祷をお願いいたしました。「正座が出来ないのですが大丈夫ですか?」と言う私に「足を投げ出しても座れませんか?」とのお返事、心の中で「えっ?足を投げ出すの?それは失礼よね!座るしかないの?と言う事は椅子はないのよね」と思いながら「う〜〜ん!どうにかいたします」と返事をしました。
まず控室に通され、旅行中ですからスーツでもエレガントなワンピースでもないのでせめて白い靴下だけでも!と持って行った靴下に履き替え待っておりました。
内宮(ご存知でしょうが時々間違われている方がいらっしゃるので、ないぐう、ではなく、ないくう)神楽殿でお祓いの後、御神前に神饌をお供え、祝詞をあげていただき、
倭舞(やまとまい、乙女舞で緋色の長袴、白い千早、紅梅をさした天冠、手には五色の絹をつけた榊の木を持って舞ってくださいました)
人長舞(にんじょうまい、葦に千鳥模様を青摺した小忌衣(おみごろも)をつけ手には鏡を模した白い輪が付いている榊を持ち神樂人の長が舞う)
舞楽
「蘭陵王」中国大陸から伝わった「左舞(さまい)」
「納曽利(なそり)」朝鮮半島から伝わった高麗楽「右舞(うまい)」
笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、羯鼓(かっこ)、太鼓、鉦鼓(しょうこ)、三の鼓、和琴(わごん、私の大好きな音色です)、笏拍子(しゃくびょうし)、目の前で演奏される雅楽は幽玄で飛鳥時代や平安時代に引き戻されたような想いになりました。
特に中国から渡ってきた琴の琴(きんのこと、源氏物語の頃には廃れていたのではないか?と言われる琴)以前から日本に有ったとされる和琴の響きは奥ゆかしくひっそりと、かと言って音色は埋もれる事もなく、日本らしい!と感じ入りました。
「特別大々神楽」での御祈祷だったようです、会社の方らしい四人の方達、お二人、私たち三人、合計九人での御祈祷はとても贅沢でした。私達はそんなに初穂料をお出しした訳でもないのに、ご一緒してくださった方達に便乗してしまったのかな?と思いましたが、それも神様が「まぁ、頑張っているからご褒美ですよ」と仰ってくださっているようで、有り難い事でした。
お札、神饌、御神酒を頂き神楽殿を後にいたしました。
その後、御正宮皇大神宮(しょうぐう、こうたいじんぐう)にお詣り(私は手すりの無い階段を登る勇気が無く階段の下にて)、清々しい気持ち、身体になったようでした。
雨で寒くて一旦ホテルに帰り、夕食、伊勢うどんの定食を食べました。
次の日は、気になっていた「へんば餅」屋さんへ、冬の寒い間しか送ってくださらないとの事で3個買って帰りの特急電車の中で食べました、もちもちして美味しかった。
名古屋の戻り「まるや本店」で美味しいひつまぶしを食べて帰ってまいりました。
足の悪いおばあちゃまを心配して平塚駅の改札に孫4号が迎えに来てくれていて、有難うね。
主人にも日程の協力やお小遣いの協力をもらって楽しい旅行になりました、今年は淡交社の講座の方達にもご迷惑をかけました、有難うございました。来年もよろしくね。
宗香