お知らせ・コラム

茫然として

大宗匠が御逝去なさいました。最初にニュースを見た時にはフェイクニュースではないかと目を疑いました。転ばれたという話しは漏れ伺っておりましたが、大宗匠の事だから絶対に大丈夫!又お目に掛かれる!と信じておりましたし、リハビリも順調だと伺っていたので安心しておりました。

この3日間は思い出しては涙が出てきます、メソメソしていると「喝」と喝を入れられてしまいそうです。こんな時こそ茶道をやっている精神を思い出さなければ!と思いを新たにしています。

私共学園十四期は、大宗匠の特攻隊十四期と一緒でもあって何かとお気に掛けていただいた期でもありました。

当時、稽古場でもあった茶道会館のお玄関からチーンとお鈴の澄んだ音が聞こえて来ると大宗匠(当時はお家元でいらっしゃいました)がいらっしゃった合図で、緊張しながらもお会いできる嬉しさを感じました。会館当番(準備をするお当番)に行く途中、本法寺の境内でお参りをなさっている大宗匠にお会いすると必ずお声をかけてくださいました。大体急いでいるので返事もおざなりだったのでしょう、当番か!遅刻するといけないから早く行きなさい!とお気遣いをいただきました。

もう十四期は頂けないだろう、と思っていた茶名も御家元に呼ばれて、釣香合で皆の頭を清めていただき、一人一人拝受いたしました、私の宗香は、普通ですと「そうこう」と読むと思うのですが、大宗匠に「そうか」と読んでいただきましたので、「そうか」と名乗っております。

畏れ多くも、主人との結婚の御報告にお家元に伺わせていただいた事、子供が生まれて子供と共にご挨拶できお祝いいただいた事、本当に色々な思い出がよぎります。

娘宗里も学園時代に「雨の時に濡れながらお客様のご案内をしていて心折れそうになってても、大宗匠が、車の窓をお開けになり、今日もよろしくな!とお声を掛けていただいただけで、今日も頑張れる!と思えるのよね」と申しておりました。

大宗匠の禅の師匠、後藤瑞巌老師に授けられた、碧巖録89則、古仏と同参(俗世間で灰頭土面(かいとうどめん、外見を捨てひたすら修行に励む姿)して衆生を救済する者)なり、翅(はね)を展げて鵬騰(ほうとう)す六合(りくごう、天地四方)の雲、鵬雲斎という号そのままの御人生を歩まれて、茶道と平和に邁進された大宗匠、多分天国でもしっかりやってるか?と私達を見守ってくださるでしょうから、ゆっくりお休みできないかもしれませんが、先に行かれた方達と積もるお話しをなさりながら見守っていてください。

心よりのご冥福をお祈りして。。。。。。

宗香(そうか)

 

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