先日バッタの話を書いて小学校時代の自由研究を思い出しました。
自由研究が嫌でしたねぇ〜、主人は毎年ギリギリに準備していたらしくある年に蜂と蜂の巣を取って標本にして持って行ったところ翌日先生から「おい!小澤!お前の標本の蜂の巣から蜂が孵化して飛び回ってる」と怒られた話を聞きました(笑)あまりに準備がギリギリすぎてちゃんと標本になってなかったのですね(笑)
私の自由研究で一番それは無いでしょう!と思うのは、父が大工さんをしていた患者さんに頼んで、娘の自由研究用に作ってもらった本棚(わざと下手に作ってありましたが素人、それも子供の作でないことは一目瞭然でした)です(笑)あれを持って行った時担任の先生はどう思われたのでしょう?怒られた記憶は無いのですが、今思うとあれはあり得なかったよね、それを持って行かせた親もどうなのよ?と思っています(笑)ですがその立派な本棚は随分大きくなるまで使っていました。
その本棚以外の年は大概、従兄弟たちが作ってくれた昆虫採集の標本を持って行っていました、小学校時代は母が病気療養中でしたので毎年祖母に連れられて行っていた叔母の家が英彦山にあり、英彦山には九大の研究施設の森がありました、入って良かったのか?どうか分かりませんが従兄弟たちはそこで昆虫採集をして標本を作ってくれていて、英彦山の銅鳥居(かねの鳥居)から英彦山神宮の奉幣殿に続く石段は私の小学校時代の夏休みの遊び場でした。
先日、私が子供の頃から食べていて、今でも送っていただいている「柚乃香本舗」さん(子供の頃からの味なので他の柚子胡椒は考えられないんです)から銅鳥居の動画を送っていただき、懐かしくて「子供の頃遊び場でした」と送信したら、銅鳥居、叔父の家があった場所、奉幣殿、上宮の動画を送ってくださいました。
子供の頃は叔父から、奉幣殿より上は女性は登ってはいけない!と言われていたので行ったことがなく上宮辺りの景色も見られて嬉しくなりました。
柚子胡椒はこの英彦山の「柚乃香本舗」さんが元祖です、ホームページによると、昭和11年頃保存のために塩漬けした「ゆず」と山伏が使っていた「こしょう(九州では唐辛子のことをこしょうと言います、胡椒は洋胡椒だったかな?)」を使って柚子胡椒を開発された!と書いてあります、関東にお嫁に来た頃は関東の方に差し上げても「これは何?関東では使わない」と言われた事もありますが、この20年ほどで柚子胡椒もメジャーになりました。柚乃香本舗さんの柚子胡椒、美味しいですよ、ぜひご賞味を!宣伝のようになってしまいました(笑)
英彦山は日本三大修験道の一つに数えられる霊峰です、叔父が生きていた頃までは(早く亡くなってしまいましたが)雪舟の庭もお屋敷も立派でお庭でも遊んでいました、20年前に雪舟の庭に行ってみると見る影もなく悲しくなってしまいましたが・・・・
叔父が「幕末には勤王の志士が英彦山に隠れていた事もあったんだよ」と教えてくれていたのに子供の頃ですから何の事だかも分からず「何言ってるんだろう?」と思っていましたが、何十年も前に親戚の誰かからもらっていた高千穂有英氏の著書「幕末秘史 英彦山殉難録」を読み返していて、「七卿落ち」と言われる長州に落ちてきた七人の公家を支援していたり、その頃の英彦山座主「高千穂教有」は小倉藩に投獄されたりしていらっしゃいますので、きっと叔父の家も関わっていたんだろう!と今になってちゃんと聞いておけば良かった!と思っています。
英彦山の麓には母方の家があります、祖父の家の文書によると、壇ノ浦から北九州の戸畑の浜に主従何騎かで上がり、そこから権現様に守られ導かれてこの地に辿り着いた!と書いてあります、この権現様は英彦山権現の事だったのかもしれないと思っています。祖先は関東の入間で苗字も源氏方の苗字なのになぜ平家として落ちて来たのかな?と今でも疑問ですが、文書が難しすぎてちゃんと読めないのでよく分かりません(笑)死ぬまでには読み解いてみたい(笑)
柚乃香本舗さんの動画のお陰で子供の頃を思い出し懐かしく過ごしました。ありがとうございました。
宗香