18日には雨水ぬるみ、草木の発芽を促し萌芽の兆しが見えてくる二十四節気雨水でしたが、此処何日かは寒い日が続きました。多くの場所で雪の被害が甚大で、高齢にも関わらず雪かきをしなければならない辛さ、でもできない辛さ等は、雪のほとんど降らない所に住んでいる私などにはいくら考えても見当もつかない事で、お気を付けて!としか言えないのですが、どうぞお大事になさってください。
奈良の長谷寺のだだ押し、涅槃会、東大寺では修二会花拵え(観音様にお供えする椿の造花、のりこぼしを作られています)、行事が目白押しでした。20日は庚申の日でしたが、寝てしまったのできっと私の三尸(さんし)の虫は天帝に「こんな悪い事をしたり、考えたりしてましたよ、罰を与えてくださいね」と報告しに行ってしまったでしょう。怖い怖い!
21日より三日間の五事式の茶事も無事に終わりました。五事式は長時間です、お客様も亭主側もきっとグッタリだったと思います。皆様お疲れ様でした。
誠之庵の玄関の梅が満開です、この頃の茶事ではどうしても梅の趣向が多くなります。小吸物の具も玄関の梅花の花びらにしました。綺麗でした。
寄付には「梅花笑春風(ばいかしゅんぷうにえむ)」待合には仙厓さんの「渡宋天神」(渡唐天神と言われますが、仙厓さんはこの軸では宋の字を使われています)、香合には笠牛(かさうし、笠を背に乗せた臥牛、笠は牧童の物なのかしら?)
天神様といえば菅原道真公で、ある時、円爾弁円(えんにべんねん、聖一国師)の所に天神様が訪れ禅の教えを乞うのですが、聖一国師は私などが天神様にお教えする事は出来ないから中国の私の師匠「無準師範(ぶじゅんしばん)」のところに行ってください!と言うと天神様は一夜にして中国に渡り無準師範に教えを乞い悟りを得て日本に帰っていらした!という逸話で、天神様ですから腕に梅の枝を抱えていらっしゃいます。実際の所、道真公は遣唐使の大使に任命されたものの、中国の内戦で渡航は実現せず中国には行かれていないそうです。
天神様は乙丑(きのとうし)のお生まれなので牛をお使いとして選ばれ可愛がっていらしたとか、道真公が太宰府でご生涯を閉じられた際に「人に引かせず牛の行くところにとどめよ」との御遺言で、御遺骸を轜車(じしゃ、貴人の葬送の際に棺を乗せて運ぶ車、轜の訓読みはひつぎぐるま!だそうですよ)に乗せて牛に引かせたところ、牛が座り込んで動かなくなったのでその地(安楽寺、現在の太宰府天満宮)に埋葬されたので、天満宮では臥牛がいるのだそうです。
道真公は梅も愛されて、太宰府には左遷された道真公を追って来たと言われる飛梅があります。
梅といえば林逋(りんぽ、林和靖、りんなせい)、北宋の詩人です!という話しを主人がしていたら、お客様に「蓮は?」と聞かれ、蓮といえば周茂叔でしょう!では、「菊は?」陶淵明ですね!では、「蘭は?」黄庭堅でしょう!テストのようでした(笑)答えられて良かった(笑)
宗香