お知らせ・コラム

柳絮(りゅうじょ)

今年は近くの田んぼの田植えが遅いね!まだ田んぼにお水も入ってないね!どうしてかしら?不思議ね!とお弟子さんと話しました。

それでも伊勢神宮では、新嘗祭(にいなめさい)などにお供えする御料米(ごりょうまい)を育てる為に5月上旬に神田御田植初が古式ゆかしく行われ、写真を見ましたが、昔ながらに笛や太鼓に合わせて、早乙女が苗を植えていっていました。伊勢神宮では、神宮御園でお供えする野菜や果物を、神宮の御塩でお供えやお清めの塩として用いられる御塩を五十鈴川の河口近くの二見浦で作っているそうです。神様にお供えするのですから、特別に作っているのですね。

長良川の鵜飼開きも行われました。長良川の鵜飼は皇室御用の鵜飼で、鵜匠は「宮内庁式部職(しきぶしょく、雅楽などの楽部も)鵜匠」と言って宮内庁の職員だそうです。鮎の題でも書いた様に神功皇后と縁の深い魚ですから、鵜に飲み込ませ傷をつけない様に献上するのでしょう。

もう、はしりの鮎も鱧も頂戴しました、美味しかった〜❣️

東大寺様が、柳絮(丸葉柳の種、綿毛をまとっています)が雪の様に降り積もった写真を発信してくださっています。幻想的な景色です。先に円覚経の中の言葉、柳絮が団々と丸くなって転がるという言葉のお軸を掛けたと書きましたが、もっともっと沢山の柳絮が雪の様です。

「趙州録」にも柳絮が出てくる!とお寺様が教えてくださっています。

問う「学人南方に向きて些子の佛法を学び去らんと擬す、如何?」

師云く「你南方に去きて、有佛の処を見ば、急に走り過ぎよ。無佛の処、住することを得ざれ」

云く「與麼ならば即ち学人依るもの無し」

師云く「柳絮、柳絮」

南方に佛法を学びに行こう!という人に、師は、有佛のところは急いで通り過ぎて、無佛の処には留まってはいけないよ!という、それじゃ拠り所がなくなってしまいますよ!という弟子、師は柳絮、柳絮、有佛にも無佛にも留まらず、いかなる拠り所もない、それでこそ良いのだ、柳の綿の様にフワフワと!と答えるというお話だそうですが、何回読んでも解説すら難しい💦

趙州和尚は、摘楊花(てきようか)とも仰っていたとも書かれています。摘楊花は柳絮を追いかけて遊ぶ事も意味する言葉だそうで、何処にも根を下ろさず、何者にも依拠しない、いわば無基底(基底は、あるものの基礎になるもの、物事のおおもとのところ、という意味らしいので、それが無いっていう事ですかねぇ〜?)のありよう!とも書いてくださっています。これも難しい!

柳自体、魔除けや鬼門封じにも使われたりして邪気を祓う力が有ると考えられているそうです。

中国で、旅立つ人に柳の枝と枝を結び合わせ、送別の祈願をし、再会を期する習慣(綰柳条、わんりゅうじょう)が有ったようですが、それも柳の力なのでしょう!

「楊柳観音」も楊柳の枝をお持ちになり、衆生の願望にしなやかに沿って、衆病を除こうとされていらっしゃるのだそうです。

中国で柳絮を初めて見た時の感動を思い出しながら、東大寺様の写真を有難く拝見致しました。

 

 

 

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