ご無沙汰しています。何もしていないようでしたのになぜかコラムを書く時間がありませんでした。
白隠禅師茶会が終わり、溜まっていた仕事を片付けておりましたらすぐに京都!気忙しい2週間が終わりました。
人間が気忙しいと家の機械も気忙しくなるのかしら?一昨日の夕方、どこからともなく「充電が無くなりました」のけたたましい音声と共に1分毎位のピッという音、主人と、たまたま居た孫2号と、私と三人でどこから鳴っているのか探すのですが、この狭い空間なのに1時間位探してもどこから鳴っているのか分からない(汗)右でなってるような、左でなってるような、主人の「そこに居れば右か左か分かるだろう」の言葉に、「じゃあ、自分で聞いてみなさいよ(怒)」主人も2号も立ってみたけれど「アレっ!分からないね」、「そうでしょ」というので、あっちをゴソゴソ、こっちをゴソゴソ、お陰で色々な所のお掃除ができたのですが、もう鳴らしたまま寝て明日もう一度考えよう!と諦め始めた頃、主人がフッと上を見ると火災報知器がピカピカ赤く光っていて、三人で「これだ」と大喜び、火災報知器を外して電池を外して一件落着。三人で「叫ぶ前に、私は火災報知器です!って名乗って欲しいよね」と。。。。。そのうちに名乗ってくれる様になるでしょうか?
白隠禅師茶会のご報告もまだですが、その前に京都の茶会の話を。。。
コロナの影響で6年?5年?延期になっていた「徳禅寺護寺会設立四五周年記念茶会」へ行って参りました。
最初の護寺会のお手伝いからもう50年ほどにもなるのね!と感慨深いものがありました。設立当初からのメンバーもいらしていて懐かしくて嬉しくなりました。設立当初からのメンバーのおじさま方は私のことを「香代ちゃん」と呼んでくださいます、当日も「香代ちゃん」と呼んでくださいました、そう呼ばれただけで気持ちは二十歳、おかしなものですね。有難いご縁です。
8時過ぎからの法要に出させて頂きお参りができ、気が引き締まりました。
茶会は、展覧席は野村美術館、濃茶席は北村美術館、薄茶席は筒井先生、点心は三友居さん。
掛物は茶席のみならず徳禅寺様でも、真珠庵様でもいつもは目にすることもできない、御宸翰(ごしんかん)、大燈国師、徹翁義亨(大現国師)の掛物が至る所に掛かり、ちゃんと読めないけれど有難い気は存分に頂戴してきました。
お道具も、大名物、利休、紹鴎、宗旦、与次郎、圓山應挙等々、ガラス越しではなく拝見出来素晴らしい経験でした。
点心もとても美味しく頂戴いたしました。
翌日は講演会、神津朝夫先生による「織部の実相」、とても面白く為になるお話でもっともっとお聞きしたい思いで、またお話しくださることを願いました。頑張って座っている私をみて後輩(地域ではとても偉い先生になっているのですが)が「先輩が頑張って座っているのに、私が椅子に座っているわけにはいかないでしょう」と自分が座っていた椅子を持ってきてくれました、なんてできた後輩なんでしょう!有難い!学園時代そんなに怖くなかったはずなんですが(笑)
2日とも、和尚様の晴れ男振りを大いに発揮なさって、太陽もお茶会を祝福しピカピカ、真夏日、こんなに晴れ男振りを発揮してくださらなくても良いのに(泣)とちょっとブツブツ言いながらお席を巡りました。
和尚様の今回のお茶会に対する意気込みがもの凄い!と今回一番驚いたのは、4席全ての立看板!お席、入口、出口、矢印、他にも、全て和尚様の手書き、何十枚(もっと?)書かれたのでしょうか?しかも墨、雨が降ったらどうしたのでしょう?ビニールでも被せることになっていたのでしょうか?この意気込みですからピーカンのお天気もわかる気がします(笑)もう少し力を抜いてくださってもよかったね!と手伝っていた方々と笑い合いました。主人が意気込むと雨が降りますから、それに比べると和尚様のお陰でお天気が良かったのは感謝です。
有り難く、お元気な和尚様にお会いできた幸せな時間でした。有り難うございました。
懐かしい友人との食事や素敵なホテルの話はまた今度!
宗香