お知らせ・コラム

私が子供の頃の夏はエアコンもないし(中学生一年の頃、背骨の側湾症が分かりコルセット生活をすることになりました、現代はもっと良いコルセットがあるのでしょうがその頃は金属の柱と腰と顎はカチッとした皮で出来ていて、寝ると一人では起き上がれない亀さん状態で、夏は暑く、父が見かねて一部屋だけクーラーを入れてくれました)窓や戸を開けっぱなしで風を通していました。今の暑さとは違って、それだけで結構風が通って気持ち良かったですね。網戸が入ったのは少し後だったような気がするのですが、蚊はどうしてたのでしょう?今では蚊に弱い主人(皆様ご存知で、蚊がいそうなところには必ず蚊取り線香を焚いてくださいます)はその頃どうしていたのかしら?まさか今のようには騒いでないと思うのですが・・・・

蚊帳(かや)ももう随分見たことがありません、蚊が入って来ないように入る時にコツがあるのです、今の子供達は分からないですね(笑)

その頃には夏になると風鈴が廊下に掛かっていました、チリンチリンと涼しげな音がしていましたが、現代は普通の家で風鈴の音を聞くことは無くなってしまいました。

床の間に「風 滴丁東了滴丁東(テイチントンリョウテイチントン」の軸が掛かっています。風鈴の音色のオノマトペ?みたいです。

最初に徳禅寺の和尚様に、これはなんでしょう?とお聞きしたら「風鈴の音だよ」と仰って、ふ〜〜ん、風鈴の音ね!と思っただけでした、若かったのでそれ以上調べる事も無く、和尚様は調べないことにきっとこの程度か!とがっかりなさったことでしょう。

今回床の間に掛けたこの軸をじっと見ていたら、主人が「風鈴の頌だよ」と教えてくれました、道元禅師がどうのこうの、天童如浄がどうのこうの、中国の寧波にある天童寺は阿育王寺(ここも寧波にあります、阿育王の事は本で読んでいてどんな所だろう?と楽しみにしていたので、阿育王寺は覚えています、今使っている木魚はそこで買ったような?)に行った時にその後に行ったでしょ!と横で話していましたが、そう?覚えてないなぁ!もうその頃から頭の中がキャパオーバーになって声がスーっと頭の中を通り過ぎていくので、自分で調べてこの話と照合しよう!と聞いているふりをしていました(笑)

道元禅師は24歳の時に宋に渡り諸山遍歴の後、天童山の如浄(にょじょう)和尚のもとで修行し、如浄の「風鈴の頌」

渾身口に似て虚空に掛リ

東西南北の風は問わず

一等他の為に般若を談ず

滴丁東了滴丁東

に感銘を受け「正法眼蔵」の巻にこの詩を引用

「この仏祖嫡々の談般若なり。渾他般若なり、渾自般若なり、渾東西南北般若なり」

仏祖伝来の般若(宇宙の実相を達観する智慧)の説法である、仏祖の身心すべてが般若と化し、東西南北あらゆるものを問わず、常にひとしく他の為に般若を説く

と注釈を加えているそうです。

これに関するこの解説を読んでもよく分からない(汗)それで風鈴の音とこの難しい前半の詩との関係は?

違うお寺様の解説には、東西南北どのような方向から風を受けても風鈴は変わらずチリンチリンと鳴り響きます、人生においてどのような風が吹こうと同じように平常心を保てばいい!ということですよ!と教えてくださっています。

難しい事ですが、茶道で平常心を保てる修行もしていかなければいけませんね。

宗香

 

 

 

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