昨日、ICCの赤根智子所長がトランプ政権から制裁対象に指定された(個人的には色々と考えることもありますが)というニュースで、「どうか月(本質や真理)を見てください。月を指し示す指(手段)ではなく」という赤根所長が2年前加盟国向けに行った演説をテレビで紹介していました。
その時に、フリップでブルース・リーの「燃えよドラゴン」の冒頭で言った言葉と紹介されていて、赤根所長のお話は、仏教の指月からの話じゃないのかしらね?とちょっと不思議に思ったので2年前の赤根所長の演説を確認して見ました。確かに赤根所長がどこから引用なさったのか?分かりませんが、仏教の指月から引き出されたように感じました。「燃えよドラゴン」もこの仏教の指月を武術の手段と本質として語られているようです。
ですが・・・・赤根所長の演説は「燃えよドラゴン」ではなくて、仏教の指月から!と紹介して欲しかった!と思ったのは私だけでしょうか?決して「燃えよドラゴン」を否定しているというわけではなく、これだけの年月、沢山の人を魅了した作品ですから素晴らしい作品だと思いますが、この「燃えよドラゴン」の武術の教えも仏教の指月が由来なのでその由来の方を使って欲しかったという意味なんですけれど・・・・・
出光美術館のコレクション第一号の作品は仙厓さんの「指月布袋画賛」だそうですが、誠之庵にも仙厓さんの「指月布袋」の画讃があります、可愛らしい姿です。可愛い〜!と思いますが、教えは禅の根本を説いた教訓なので難しくて頭を悩ませてしまいます。
月は悟りの境地、指は経典を表している、「不立文字(ふりゅうもんじ)」を説く、禅の悟り(月)は経典などの学習(指)では中々到達できない、ということを表しているそうです。
この不立文字はいろいろなお寺様や老師の方々、学者の方々が解説して下さっているのですが、私には中々理解するのが難しくよく分からないのですが、達磨大師は「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」と仰っていて、「禅の信義は経典や文字によっては理解できない、ずばりと心そのものをつかみ、自己の本性を徹見することで悟りを得た仏となることができるのだ」というような事を複数の解説に書いてあって、よく分からないながら、私には文字や言葉ではなく心に伝えなさい!ということですよ!と仰っているように思えるのですが・・・稽古でも「道・学・実」三つの教えを心に届けたい!と思った次第です。
宗香